宮崎県延岡市古城町の「井上城跡」♪ 延岡市の公式ページによると、南北朝時代〜室町時代初期の延岡(当時は縣〈あがた〉)地域の拠点と考えられる中世城郭です。
愛宕山の北西、大瀬川に接した独立丘陵にあります。城の西には幹線道が通り、大瀬川の渡河点を押さえる要衝でした。
この記事のポイント
- 南北朝〜室町時代初期の縣(延岡)地域の拠点と考えられる城
- 北の城の曲輪1は標高68.4m・比高60mで、延岡の中世城郭では最も高所
- 西の法明寺に、土持栄続の法名を刻む宝篋印塔がある
見どころ・楽しみ方

- 築城の時期:平安末期の治承元(1177)年の土持栄綱や、鎌倉末期の永仁5(1297)年の土持国綱の築城とされます。ただし、根拠となる一次資料はなく、詳細は不明です(延岡市の公式ページ)
- 14世紀半ば以降か:「田部氏系図」などによると、この地域に土持氏の支配が及んだのは南北朝時代の14世紀半ば以降とされ、築城もこの頃とみられています
- 独立した丘陵:愛宕山の北西にある独立丘陵に築かれ、大瀬川の渡河点を押さえる位置にありました
- 延岡で最も高い曲輪:主郭となる北の城の曲輪1は、標高68.4m・比高60mです。延岡地域の中世城郭の中では、最も高所に築かれています
縄張り(城の構造)
城は、大きく北と南の2つの城域に分かれます。
- 北の城域:階段状に曲輪(くるわ)を配置しています
- 南の城域:幅数m・長さ20〜30mほどの細長い土橋(どばし)状の尾根筋に、曲輪が連なっています
北の城の曲輪1・3、南の城の曲輪1・2など、標高60メートル級の曲輪が4つ分立しています。公式ページは、そのため城全体の防御機能は「やや散漫な印象」と述べています。
今も残る遺構
- 南の城の曲輪3にある土塁(南の城と北の城をつなぐ位置)
- 曲輪6の西側を北に下る土塁
- 曲輪・土塁・竪堀(たてぼり)など、多くの遺構
法明寺の宝篋印塔
井上城の西にある法明寺には、天正6(1578)年1月2日に島津義久への新年挨拶に派遣された、土持相模守栄続(さがみのかみよしつぐ)の法名「葉月玉公大禅定門」の銘をもつ宝篋印塔(ほうきょういんとう)があります。
栄続は、島津氏への帰順交渉を成立させた人物です。公式ページは、この塔が井上城が天正期まで機能していた可能性を示すとしています。
西階城・松尾城とのつながり
西階城跡では、曲輪20から東の井上城を見渡せるとされています。松尾城跡とあわせて、延岡の中世の城を比べてみるのも楽しみ方です。
季節ごとの楽しみ方
- 通年:曲輪や土塁、竪堀は地形として残る遺構です。城跡の見どころは、季節を問わず変わりません
- 草木の多い時期:足元が見えにくくなることがあります。歩くときは、歩きやすい靴で足元に気をつけてください
※公式ページに、花の見頃や開催行事の記載はありません。
知っておきたい豆知識
- 縣(あがた):延岡のあたりは、この当時「縣」と呼ばれていました
- 土塁とは:防御用の土手のことです。公式ページでは、曲輪は城内の平場と説明されています
- 島津氏への帰順:栄続が天正6(1578)年に島津義久へ新年挨拶に出向いたことは、法明寺の宝篋印塔の銘とあわせて紹介されています
- 文化財看板:この紹介は、2020〜2021年の国民文化祭・全国障害者芸術・文化祭に合わせて新設・更新された、延岡市の文化財看板の内容です(延岡市の文化財看板の一覧ページ)
- 文責:看板の文章は、延岡史談会が文責を負っています
よくある質問
誰がいつ築いた城ですか?
治承元(1177)年の土持栄綱や、永仁5(1297)年の土持国綱の築城とされますが、一次資料はなく詳細は不明です。14世紀半ば以降の築城とみられています。
延岡の城の中でどんな特徴がありますか?
北の城の曲輪1の標高が68.4mあり、延岡地域の中世城郭の中で最も高所に築かれている点です。
法明寺の宝篋印塔とは何ですか?
土持相模守栄続の法名の銘をもつ塔です。公式ページでは、井上城が天正期まで機能していた可能性を示すと紹介されています。
見学できますか?駐車場はありますか?
公式ページに、見学方法や駐車場の記載はありません。お出かけ前に、延岡市の文化財係(0982-22-7047)へ問い合わせてください。
こんな人におすすめ
- 延岡の中世の歴史や、城跡に興味がある方
- 西階城跡や松尾城跡とあわせて、土持氏ゆかりの城を比べたい方
- 曲輪・土塁・竪堀・土橋など、城の遺構を地形で学びたい方
基本情報
| 名称 | 井上城跡 |
|---|---|
| 所在地 | 延岡市古城町(延岡市の公式ページの表記) |
| 種類 | 中世城郭(城跡) |
| 立地 | 愛宕山の北西、大瀬川に接した独立丘陵 |
| 標高 | 北の城の曲輪1:標高68.4m・比高60m |
| 築城 | 治承元(1177)年の土持栄綱、永仁5(1297)年の土持国綱の築城とされる(一次資料なし・詳細不明)。14世紀半ば以降の築城とみられる |
| 構成 | 階段状に曲輪を配置した北の城域と、土橋状の尾根筋に曲輪が連なる南の城域 |
| 見学方法・駐車場 | 公式ページに記載なし |
| 問い合わせ | 延岡市教育委員会 文化財・市史編さん課 文化財係 0982-22-7047(〒882-0822 延岡市南町2丁目1-8) |
※2021年8月1日更新の延岡市の公式ページの記載をもとにしています。見学の可否や周辺の状況は、お出かけ前に市へ確認してください。
アクセス
公式ページに、車やバスでの行き方・所要時間の記載はありません。所在地は延岡市古城町です。
- 場所の目安:愛宕山の北西で、大瀬川に接した独立丘陵です
- 近くのスポット:愛宕山(笠沙山)展望台の記事もあわせてご覧ください
地図
下の地図は、Googleマップ上の「井上城跡」の検索結果です。位置はおおよその目安としてご覧ください。
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まとめ
井上城跡は、愛宕山の北西、大瀬川に接する丘陵に残る土持氏ゆかりの中世城郭です。延岡の中世城郭で最も高い曲輪や、法明寺の宝篋印塔の話を知ってから眺めると、城の姿が見えてきます。お出かけ前には、見学の可否を市に確認してくださいね♪


