日之影町「波瀬神社」♪三毛入野命の鬼八退治伝説ゆかり・腰掛石が残る古社【見どころ・アクセス】

📖 読了目安: 約4分

波瀬神社
アイキャッチ画像: 国土地理院 シームレス空中写真を加工して作成

宮崎県西臼杵郡日之影町波瀬にある「波瀬神社」♪ 御祭神は伊邪那岐命・伊邪那美命。三毛入野命が鬼八退治に向かう途中に立ち寄ったと伝わる、高千穂神話ゆかりの古社です。

この記事のポイント

  • 三毛入野命が鬼八退治の途中に立ち寄ったと伝わる古社
  • 境内に三毛入野命が腰掛けたという「腰掛石」
  • 例祭は12月14日。牛馬の守護神として信仰
石段の参道と鳥居、社殿のイメージイラスト
イメージイラスト(実際の景観とは異なります)

三毛入野命が腰掛けた「腰掛石」

古伝によれば、三毛入野命(高千穂十社大明神)が鬼八退治にお出ましの折、この境内に立ち寄り、伊邪那岐命・伊邪那美命を山神として祀られたのが始まりと伝えられています。

境内には三毛入野命が休息したという「腰掛石」が今も残り、例祭日には注連縄が張られて大切に崇められています。

島原の乱の戦勝祈願、一夜で社殿造営

寛永14年(1637年)の島原の乱の際には、延岡藩主の召馬の病気平癒と戦勝祈願が成就したことから、49人の大工により一夜で社殿が造営されたという伝承も残っています。

明治4年(1871年)に現在の社名「波瀬神社」に改称され、現在は牛馬の守護神としても信仰され、例祭日(12月14日)には町内外から多くの参拝者が訪れます。

波瀬神社周辺(日之影町波瀬)の空中写真
波瀬神社周辺の空中写真。境内そのものではなく波瀬地区一帯の地形を示しています(出典:国土地理院 シームレス空中写真)

基本情報

名称波瀬神社
御祭神伊邪那岐命・伊邪那美命
所在地宮崎県西臼杵郡日之影町大字七折9742番地(波瀬地区。宮崎県神道青年会「宮巡」の掲載住所)
由緒三毛入野命の鬼八退治伝承ゆかり。明治4年(1871年)に現社名へ改称
見どころ腰掛石
例祭12月14日(牛馬の守護神として信仰)
お問い合わせ日之影町観光協会 0982-78-1021

※最新情報は日之影町観光協会公式サイトでご確認ください。

動画で見る

動画:波瀬(はぜ)神社 宮崎県西臼杵郡日之影町七折(縣人/YouTube)

地図

知っておきたい豆知識

日之影町観光協会の「波瀬神社」のページには、次のような言い伝えが紹介されています。

  • 「名字大明神」の神号:三毛入野命(高千穂十社大明神)が鬼八退治に向かう途中でこの境内に立ち寄ったとき、伊邪那岐命・伊邪那美命の二神を山神として祀ってきた当社に、「名字(みょうじ)大明神」という神号を授けたと伝えられています。
  • 島原の乱と召馬の話:寛永14年(1637年)の島原の乱で、延岡藩主の有馬直純が出陣する際、境内で倒れた召馬の病気平癒と戦勝祈願をしたところ、馬はたちどころに勇み立ち、徳川幕府は天草四郎を討つことができたといいます。
  • 「一夜建立名字大明神」:武勲を立てて帰る途中、有馬直純は棟梁の大工ばかり49人を連れて木材を集め、一夜建立のお宮を造営して奉納しました。このことから、その後は「一夜建立名字大明神」と呼ばれるようになったと伝えられています。

よくある質問

「一夜建立名字大明神」とは、どういう意味ですか?

日之影町観光協会の案内では、島原の乱から戻る途中の延岡藩主が、大工ばかり49人で一夜のうちにお宮を造営して奉納したことから、そう呼ばれるようになったと伝えられています。くわしくは上の「知っておきたい豆知識」をご覧ください。

腰掛石は見られますか?

三毛入野命が休息に使ったとされる腰掛石は境内に残っています。日之影町観光協会の案内では、例祭日(12月14日)には注連縄が張られて崇められています。

波瀬神社の御祭神はどなたですか?

伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)です。例祭日は12月14日です。

こんな人におすすめ

  • 高千穂神話(鬼八退治伝説)ゆかりの地をめぐりたい人に
  • 牛馬の守護神として親しまれる信仰の場に関心がある人に
  • 12月14日の例祭にあわせて日之影町を訪れたい人に

開催時期や見頃の目安は、年中行事・イベントカレンダーでも確認できます。

まとめ

波瀬神社は、三毛入野命の鬼八退治伝説とゆかりの深い、日之影町の隠れた古社。牛馬の守護神としても親しまれているので、地元の暮らしに根付いた信仰の場をぜひ訪れてみてください♪

宮崎の方でPCやITに困っている方

波瀬神社

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

日向市のIT/PC屋さんが記事を書いてます♪
  • URLをコピーしました!