宮崎県延岡市生まれの飛行家「後藤勇吉(ごとう ゆうきち)」♪ 延岡市の「のべおか偉人伝 後藤勇吉」のページによると、大正10(1921)年に、わが国第一号の一等操縦士と一等飛行士の免許を取得した「空の先駆者」です。
延岡には、勇吉を偲ぶ碑と銅像があります。城山公園の「後藤勇吉之碑」と、妙田(みょうでん)緑地公園の銅像や生誕の地碑です。この記事では、2つの場所と勇吉の足跡を紹介します。
この記事のポイント
- 城山公園に、1934(昭和9)年建立の「後藤勇吉之碑」がある
- 妙田緑地公園に、銅像と生誕の地碑、野口雨情の弔詩がある
- 毎年2月28日(閏年は29日)に、慰霊祭が行われる
見どころ・楽しみ方
城山公園の「後藤勇吉之碑」
宮崎県の名所・旧跡マップ「後藤勇吉之碑」によると、1934(昭和9)年に、延岡市の城山公園内に建てられました。
碑には、太平洋に輝く太陽と、勇吉が果たせなかった太平洋横断無着陸飛行の姿を彫刻したレリーフがはめ込まれています。
妙田緑地公園の銅像・生誕の地碑
延岡市東浜砂町の妙田緑地公園には、1996(平成8)年に銅像が建てられました。制作者は奥村良弘氏で、除幕は1996(平成8)年2月29日です(宮崎県の名所・旧跡マップ「後藤勇吉銅像」)。
- 銅像:勇吉は、果たせなかった夢・太平洋横断無着陸飛行への思いを込めて、太平洋に向かっています。郷土訪問旅行などで降り立った地の近くに建てられました
- 野口雨情の弔詩:銅像の傍らには、勇吉が亡くなったときに野口雨情が詠んだ弔詩も建てられています
- 生誕の地碑:もとは、勇吉の生家があった延岡市南町(旧・NTT延岡支店敷地内)に、1988(昭和63)年に建てられました。今は、妙田緑地公園の銅像の隣に移されています(宮崎県の名所・旧跡マップ「後藤勇吉生誕の地碑」)
- 同じ型の銅像:勇吉が初めての飛行に成功した門川町尾末の門川海浜公園にも、同じ型の銅像があります
勇吉の足跡
宮崎県の「宮崎県郷土先覚者 後藤勇吉」のページの年表から、主なできごとを紹介します。
- 1896(明治29)年:延岡市南町の商家(醤油醸造販売業も営む)の四男として生まれる
- 1916(大正5)年:門川町尾末海岸で独力飛行練習を始め、日本初の直線飛行に成功
- 1920(大正9)年:第1回懸賞飛行大会に愛機「富士号」で出場。高度飛行1位・高速飛行2位・高等飛行1位。9月に「富士号」で郷土訪問旅行を行う
- 1921(大正10)年:日本人初の一等飛行機操縦士となる
- 1924(大正13)年:「春風号」で、日本最初の日本一周飛行(全行程4,395km・実飛行時間33時間52分)に成功
- 1927(昭和2)年:日本最初の宮崎―大阪間の生鮮農産物空輸を行う。太平洋横断無着陸飛行計画の飛行士に選ばれる
- 1928(昭和3)年2月29日:霞ヶ浦へ向かう途中、佐賀県藤津郡七浦村(現・鹿島市)の山中に墜落して亡くなる
亡くなったときの年齢は、延岡市のページでは享年33歳、宮崎県のページの年表では満年齢で32歳とされています。
勇吉の資料を見られる場所
宮崎県のページによると、延岡城・内藤記念博物館では、「富士号」のプロペラや、日本人初となった一等飛行機操縦士の免状、遭難時に焼け残った遺品などを見られます。博物館については、延岡城・内藤記念博物館の記事をご覧ください。
季節ごとの楽しみ方
- 2月28日(閏年は29日):後藤勇吉慰霊祭が行われます(延岡市の「歳時記」ページ)
- 通年:碑も銅像も、季節を問わず見られます。城山公園は、散策とあわせて立ち寄れます
※慰霊祭の会場や内容は、公式ページに書かれていません。
知っておきたい豆知識
- 閏年の2月29日:勇吉が亡くなったのは、閏年の2月29日です。宮崎県のページは、あとに続いた太平洋横断計画の飛行士3人も、閏年に亡くなったと紹介しています
- 「富士号」の名前:実家の家業の商号「南藤屋」から名づけられた、特別な思いのある飛行機です
- 日向カボチャの空輸:日本で最初に空を飛んだ野菜は、勇吉が運んだ宮崎の日向かぼちゃです。これが生鮮農産物空輸のはじまりとされています
- 郷土訪問飛行:1920(大正9)年の第1回では、着陸の直前に「富士号」の車輪が穴にはまり、逆立ちの姿勢で止まったそうです。1923(大正12)年の第2回には、母のチカを乗せて飛びました
- 葬儀:ふるさと・延岡の葬儀には、およそ1万5千人が参列しました
よくある質問
後藤勇吉はどんな人ですか?
延岡市生まれの飛行家です。日本人初の一等飛行機操縦士で、日本最初の日本一周飛行にも成功しました。太平洋横断無着陸飛行を目前に、昭和3(1928)年に亡くなりました。
碑と銅像はどこにありますか?
「後藤勇吉之碑」は城山公園内に、銅像と生誕の地碑は延岡市東浜砂町の妙田緑地公園にあります。
同じ銅像は、ほかにもありますか?
宮崎県のページによると、門川町尾末の門川海浜公園にも、同じ型の銅像が建てられています。
慰霊祭はいつですか?
毎年2月28日です(閏年は29日)。延岡市の「歳時記」に載っています。
駐車場や見学の時間は?
公式ページに、碑や銅像の見学時間・駐車場の記載はありません。城山公園・妙田緑地公園の利用は、お出かけ前に延岡市へ確認してください。
こんな人におすすめ
- 延岡ゆかりの人物や、日本の航空の歴史に興味がある方
- 城山公園の散策に、物語のあるスポットを加えたい方
- 郷土の偉人をたどる、歴史散策をしてみたい方
基本情報
| 人物 | 後藤勇吉(1896〔明治29〕年〜1928〔昭和3〕年)。延岡市南町生まれの飛行家 |
|---|---|
| 後藤勇吉之碑 | 延岡市 城山公園内。1934(昭和9)年建立。太平洋と太陽、太平洋横断無着陸飛行の姿のレリーフ(宮崎県の名所・旧跡マップ「後藤勇吉之碑」) |
| 後藤勇吉銅像 | 延岡市東浜砂町 妙田緑地公園。1996(平成8)年2月29日除幕。制作者:奥村良弘氏。傍らに野口雨情の弔詩 |
| 後藤勇吉生誕の地碑 | 妙田緑地公園の銅像の隣(1988〔昭和63〕年に南町の生家跡に建立後、移設) |
| 慰霊祭 | 毎年2月28日(閏年は29日) |
| 見学時間・駐車場 | 公式ページに記載なし |
※宮崎県の「宮崎県郷土先覚者 後藤勇吉」のページと延岡市の「のべおか偉人伝 後藤勇吉」のページの記載をもとにしています。場所や公園の利用については、お出かけ前に延岡市へ確認してください。
アクセス
- 城山公園:延岡城跡・城山公園の記事もあわせてご覧ください。園内の鐘については、城山の鐘の記事で紹介しています
- 妙田緑地公園:延岡市東浜砂町にあります。公式ページに、行き方・所要時間の記載はありません
地図
下の地図は、Googleマップ上の「城山公園」付近です。碑は公園内にあります。
こちらは、妙田緑地公園の検索結果です。位置は目安としてご覧ください。
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まとめ
後藤勇吉は、日本の空を切り開いた延岡生まれの飛行家です。城山公園の碑と、妙田緑地公園の銅像をたどると、「空の先駆者」の足跡が見えてきます。城山公園や博物館とあわせて、歴史散策に出かけてみてくださいね♪


