椎葉村「柳田國男ゆかりの地」♪『後狩詞記』を生んだ日本民俗学発祥の地【見どころ・アクセス】

📖 読了目安: 約3分

柳田國男ゆかりの地
アイキャッチ画像: 国土地理院 シームレス空中写真を加工して作成

宮崎県東臼杵郡椎葉村竹の枝尾集落にある「柳田國男ゆかりの地」♪ ここは「日本民俗学発祥の地」です。

日本民俗学の父と呼ばれる柳田國男が、明治41年(1908年)に椎葉村を訪れ、狩猟の風習を聞き取り調査しました。

この記事のポイント

  • 柳田國男が明治41年に狩猟習俗を調査。民俗学発祥の地
  • 庭先に「日本民俗発祥の地」の碑(昭和60年建立)
  • 竹の枝尾集落にあり、椎葉村役場から車で約30分

明治41年、一週間の椎葉滞在が生んだ『後狩詞記』

椎葉村の記録によれば、柳田國男は明治41年(1908年)7月13日から一週間、当時の村長中瀬淳とともに村内を巡り、猪や鹿の狩猟にまつわる風習を調査しました。

6日間、中瀬淳宅に宿泊して聞き書きをまとめたこの記録が、『後狩詞記(のちのかりことばのき)』として明治42年(1909年)に刊行され、日本民俗学最初の採集記録といわれています。

「日本民俗発祥の地」の碑

中瀬淳宅は現在もそのままの姿で残っており、庭先には昭和60年(1985年)8月に建立された「日本民俗発祥の地」の碑があります。

柳田國男の椎葉訪問は、日本の民俗学という学問分野そのものの出発点となった、全国的にも重要な史跡です。

柳田國男ゆかりの地周辺(椎葉村)の空中写真
柳田國男ゆかりの地周辺の空中写真。史跡そのものではなく椎葉村中心部一帯の地形を示しています(出典:国土地理院 シームレス空中写真)

基本情報

名称柳田國男ゆかりの地(日本民俗発祥の地の碑)
所在地宮崎県東臼杵郡椎葉村竹の枝尾集落(中瀬淳宅)
由来明治41年(1908年)、柳田國男が狩猟習俗を調査。『後狩詞記』(1909年刊)として結実
碑の建立昭和60年(1985年)8月
アクセス椎葉村役場から車で約30分
お問い合わせ椎葉村教育委員会 0982-67-2850/椎葉村観光協会 0982-67-3139

※最新情報は椎葉村公式サイト(教育委員会)でご確認ください。

地図

見どころ・楽しみ方

石碑と案内板、礎石のある史跡のイメージイラスト
イメージイラスト(実際の景観とは異なります)

椎葉村観光協会の案内に載っている、この場所の見どころ「中瀬淳氏亭」です。

  • 村長の自宅に立つ石碑:柳田國男が民俗調査で椎葉を訪れたとき、村内を案内した当時の村長・中瀬淳の自宅に立つ石碑です。
  • 碑に刻まれた当時の様子:柳田國男は資料収集のため一週間にわたって村内に止宿しました。碑には、その当時の様子が刻まれていると案内されています。
  • 竹の枝尾集落にある:椎葉村観光協会の案内では、竹の枝尾集落にあり、住所は椎葉村大字大河内2026と表記されています。

よくある質問

椎葉村役場からどのくらいかかりますか?

椎葉村観光協会の案内では、椎葉村役場から車で約30分です。

中瀬淳とはどんな人ですか?

柳田國男が民俗調査のために椎葉を訪れたとき、村内を案内した当時の村長です。椎葉村公式サイトでは、その自宅に石碑が立つと紹介されています。

観光についての問い合わせ先はどこですか?

椎葉村観光協会(0982-67-3139)と椎葉村教育委員会(0982-67-2850)が、それぞれの公式ページで問い合わせ先として案内されています。

こんな人におすすめ

  • 日本民俗学の成り立ちなど、近代の学術史に関心がある人に
  • 椎葉民俗芸能博物館とあわせて椎葉村の焼畑・狩猟文化を深く知りたい人に
  • 観光地化されていない、知る人ぞ知る史跡を訪ねたい人に

まとめ

柳田國男ゆかりの地は、日本民俗学という学問の原点となった、知る人ぞ知る歴史スポット。椎葉民俗芸能博物館とあわせて訪れれば、椎葉村の焼畑や狩猟の暮らしをより深く知ることができます♪

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柳田國男ゆかりの地

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