宮崎県東臼杵郡美郷町南郷区下名木にある「塚の原古墳」♪ 神門神社の主祭神・百済王族の禎嘉王(ていかおう)の墓と伝わる前方後円墳です。
昭和17年(1942年)に県指定文化財(史跡)となっています。
この記事のポイント
- 神門神社の主祭神・禎嘉王の墓と伝わる前方後円墳
- 昭和17年に県指定文化財(史跡)。師走まつりゆかりの地
- 国道388号線沿い。神門方面へ向かう途中の看板が目印

百済王族・禎嘉王の伝説を伝える前方後円墳
美郷町公式サイトによれば、塚の原古墳は神門神社の主祭神である百済王族・禎嘉王の墓とされ、官女数十名とともに埋葬されていると伝えられています。
大きさは東西10m・南北10mの前方後円墳の形であったと云われています。百済王伝説の重要な史跡のひとつとして、地元では大切に守られてきました。
師走まつりの伝承ゆかりの地
美郷町南郷区で毎年1月下旬に行われる師走まつりでは、百済から逃れてきた禎嘉王が次男の華智王と再会した後、この地で村人の歓迎を受け、敵から逃れるために野火を放って出発したという伝承が伝えられています。
塚の原古墳は、この百済王伝説ゆかりの地のひとつとして位置づけられています。

基本情報
| 名称 | 塚の原古墳 |
|---|---|
| 所在地 | 宮崎県東臼杵郡美郷町南郷区下名木 |
| 形状 | 前方後円墳の形であったと云われる(大きさは東西10m・南北10m) |
| 伝承 | 神門神社の主祭神・百済王族禎嘉王の墓と伝わる |
| 指定 | 昭和17年(1942年)7月・県指定文化財(史跡) |
| 目印 | 国道388号線沿い、神門方面に向かう途中の案内看板 |
※最新情報は美郷町公式観光サイトでご確認ください。
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地図
古墳の詳しい所在地は南郷区下名木一帯のため、地図は国道388号線・神門方面のエリアを示しています。現地では案内看板に従ってお進みください。
知っておきたい豆知識
美郷町公式観光サイトの案内によると、塚の原古墳は、百済王伝説にゆかりのある「師走まつり」の舞台のひとつです。
- 祭りの初日、禎嘉王の一行は日向市東郷の伊佐賀神社で次男の華智王と再会し、そのあとここ塚の原古墳へ向かいます。
- 古墳では村人の歓迎を受けて式典と神楽が行われ、村人との直会(なおらい)のあと、敵の目をくらますために野に火を放って出発する場とされています。
- 古墳の場所は、国道388号線沿いで、神門方面へ向かう途中にある「DRIVE TO MISATO『塚の原古墳』」の看板が目印です。
よくある質問
塚の原古墳は、師走まつりの中でどんな役割をもつ場所ですか?
美郷町公式観光サイトによると、禎嘉王の一行が村人の歓迎を受けて式典や神楽を行い、直会ののちに野に火を放って出発する場とされています。くわしくは上の「知っておきたい豆知識」の節をご覧ください。
どの看板を目印にすればよいですか?
国道388号線沿いにある、案内看板が目印です。くわしくは上の「知っておきたい豆知識」の節をご覧ください。
文化財には指定されていますか?
昭和17年(1942年)7月に、県指定文化財(史跡)に指定されています。
こんな人におすすめ
- 百済王伝説など、古代史・渡来文化に関心がある人に
- 神門神社・西の正倉院とあわせて南郷区の百済ロマンをめぐりたい人に
- 1月下旬の師走まつりにあわせて美郷町を訪れたい人に
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まとめ
塚の原古墳は、百済王伝説と師走まつりの物語を今に伝える、美郷町南郷区の貴重な史跡。神門神社・西の正倉院とあわせて、南郷区の百済ロマンをたどってみてください♪

