延岡市「和田越決戦場」♪西南戦争・薩摩軍と官軍最後の激戦地【見どころ・アクセス】

和田越決戦場

宮崎県延岡市無鹿町にある「和田越決戦場」♪ 明治10年(1877年)の西南戦争で、西郷隆盛率いる薩摩軍と官軍が激突した最後の激戦地です。

薩摩軍3,500人 対 官軍50,000人

延岡市の資料によれば、西郷隆盛率いる薩摩軍約3,500人は、山県有朋中将指揮の官軍約50,000人に決戦を挑みましたが、物量に勝る官軍の攻撃に耐えられず北川方面へ敗走しました。この和田越の戦いが事実上、薩摩軍にとって最後の組織的な戦闘となり、西郷はその後可愛岳を突囲して鹿児島へ向かい、9月に城山で自刃し西南戦争は終結しました。

和田越決戦史碑と野口雨情碑

現地には和田越決戦史碑野口雨情碑が建立されています。史碑の碑文は延岡市誓敬寺の住職で郷土史家としても知られる香春建一氏によるもの。野口雨情碑には「逢いはせなんだか あの和田越で 薩摩なまりの 落人に」という一節が刻まれ、敗走する薩摩軍への哀惜が詠まれています。

和田越決戦場周辺(延岡市無鹿町)の空中写真
和田越決戦場周辺の空中写真(出典:国土地理院 シームレス空中写真)

基本情報

名称西南戦争 和田越決戦場
所在地宮崎県延岡市無鹿町
歴史明治10年(1877年)、西郷隆盛率いる薩摩軍と官軍最後の激戦地
記念碑和田越決戦史碑・野口雨情碑
アクセスJR延岡駅から車で約15分
お問い合わせ延岡市観光戦略課 0982-34-7833

※最新情報は延岡市公式ホームページでご確認ください。

地図

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まとめ

和田越決戦場は、西南戦争終盤の激しい攻防を今に伝える延岡市の史跡。西郷隆盛宿陣跡資料館とあわせて、西南戦争最後の舞台となった延岡市北部の史跡めぐりを楽しんでみてください♪

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和田越決戦場

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