門川町「宝篋印塔」♪西南戦争後の平和を願い明治10年建立の石塔【見どころ・アクセス】

宝篋印塔

宮崎県東臼杵郡門川町中村にある「宝篋印塔(ほうきょういんとう)」♪ 明治10年(1877年)、西南戦争後の平和を願って村人が建立した石塔です。

インドの王の伝説にたどり着く塔の起源

宝篋印塔のルーツをたどると、古代インドのアショーカ王が仏舎利を納めるため8万4千もの塔を建てたという伝説に行き着きます。中国・呉越の王銭弘俶がこれにならって10年をかけて8万4千基の銅塔を各国に配ったことが日本にも伝わり、鎌倉時代半ばには宝篋印陀羅尼経(この経を写経・読誦し塔に納めれば功徳が得られるとする経典)を納める塔として建立されるようになりました。後世には供養塔・墓碑塔として各地に建てられるようになり、方形の基礎・塔身・笠・相輪という四段構成に、笠の四隅に飾りの突起(隅飾)を持つのが特徴です。門川町のこの塔は、明治10年(1877年)久保徳三郎の寄進により建立されたものです。

「風雨順時、村中安全」— 西南戦争後の願いを刻む

塔身には「諸人二世、大願成就、風雨順時、村中安全、百穀円満、一天泰平」と刻銘されており、西南の役後の平和を願う村人たちの切実な思いが込められています。日本各地で激動の時代を経験した明治初期、地域の安寧を祈った先人たちの記憶を今に伝える、静かな石塔です。

宝篋印塔周辺(門川町中村)の空中写真
宝篋印塔周辺の空中写真。塔そのものではなく中村地区一帯の地形を示しています(出典:国土地理院 シームレス空中写真)

基本情報

名称宝篋印塔
所在地宮崎県東臼杵郡門川町中村
建立明治10年(1877年)、久保徳三郎の寄進
刻銘「諸人二世、大願成就、風雨順時、村中安全、百穀円満、一天泰平」
アクセスJR門川駅から車で約30分、徒歩約5分

※最新情報は門川町公式ホームページでご確認ください。

地図

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まとめ

宝篋印塔は、明治初期の激動の時代に村人が平和を願って建てた、門川町中村の静かな石塔。西南戦争ゆかりの史跡とあわせて、宮崎県北に残る明治の記憶をたどってみてください♪

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