日向市東郷町山陰の石塔めぐり♪戦国の戦死者を弔う六地蔵供養塔・並び立つ庚申塔・深瀬の板碑など市指定文化財の石造物【見どころ・アクセス】

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日向市東郷町山陰・福瀬付近の空中写真(国土地理院)
アイキャッチ画像: 国土地理院 シームレス空中写真を加工して作成

日向市東郷町の山陰地区には、中世から江戸時代にかけての石塔や石仏が、市の文化財として点在しています♪ 日向市の文化財ウェブサイトによると、六地蔵供養塔、庚申(こうしん)供養塔、板碑(いたび)などが、昭和53年(1978)に市の指定を受けました。

この記事のポイント

  • 老谷の六地蔵供養塔は天文12年(1543)建立・戦死者の慰霊のための塔
  • 庚申塔は元禄6年(1693)から昭和55年(1980)まで、地区ごとに並ぶ
  • 深瀬の板碑は慶長9年(1604)〜慶安3年(1650)・薬師堂の境内
石碑と礎石のある史跡のイメージイラスト
イメージイラスト(実際の景観とは異なります)

見どころ・楽しみ方

所有者が日向市・区・組合のものを選んで紹介します(個人所有のものは、下の豆知識にまとめました)。

  • 老谷の六地蔵供養塔(東郷町山陰丙1200番地1・所有者は日向市):笠の下に、舟形に浮き彫りした地蔵菩薩6体を配した石幢(せきとう)です。山陰城にいた都甲丹波守安親が、天文12年(1543)に、島津氏と伊東氏の領地争いで亡くなった配下を慰霊するために建てました
  • 下村の六地蔵供養塔(山陰辛499番地・鶴野内区):弘治3年(1557)建立の石幢です。願文に「庚申供養」の文字があり、地蔵信仰と庚申信仰の関わりをうかがわせます。手前の石台は、葬儀のときに棺を置き、ここで引導の読経と焼香をしてから埋葬する風習に使われたものです
  • 山内の庚申供養塔(山陰辛992番地2・鶴野内区):元禄6年(1693)から天保3年(1832)にかけての7基が建っています。いずれも周りの水田のほうを向いています
  • 大師原の庚申供養塔(山陰庚928番地1・迫野内区):文政4年(1821)建立の、1つの顔に6本の腕をもつ青面金剛(しょうめんこんごう)像です。隣には、元禄11年(1698)から昭和55年(1980)までの庚申塔が8基並びます
  • 深瀬の板碑(山陰丁640番地乙・深瀬組合):薬師堂の境内に、慶長9年(1604)から慶安3年(1650)にかけて建てられた板碑があります。この地に庵(いおり)を結んでいた人たちの墓標と伝わり、最も高いものは約1.9mです

石塔のかたちや刻まれた文字は、市の文化財ページにくわしい説明があります。成願寺の宝塔5基は、成願寺の記事で紹介しています。

季節ごとの楽しみ方

石塔そのものの季節行事は、公式の資料では確認できませんでした。山陰地区には、次の季節の見どころがあります。

知っておきたい豆知識

  • 六地蔵:市の文化財ページによると、人が死後に進む六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上)のそれぞれで人を導く「六道地蔵」で、人々は墓地の入口などに塔を建てました
  • 庚申信仰:市の文化財ページによると、人の体にいる三尸(さんし)の虫が庚申の夜に罪を天帝に告げ、寿命が縮められるという道教の教えから、庚申の夜は眠らずに過ごす「庚申待(まち)」の講が結ばれ、庚申塔が建てられました
  • 庚申塔の広がり:下村の六地蔵供養塔のページによると、東郷町内では17世紀末から庚申塔が本格的に建てられ始めましたが、それ以前にも庚申信仰が広まっていたことを示す資料とされています
  • 板碑:老谷の板碑のページによると、板碑は主に中世(鎌倉〜室町時代)に流行した供養塔です
  • 個人所有で、見学を前提としないものもあります。老谷の板碑(永正11年・1514)、迫野内の宝塔(永正10年・1513)、馬頭観音像(天保12年・1841)、崎山大師堂などです。私有地には立ち入らないでください

よくある質問

石塔はどこにありますか?

すべて日向市東郷町山陰にあります。所在地は、上の見どころの番地のとおりです(日向市の文化財ウェブサイト)。

見学できますか?

公式の資料には、見学の可否・時間・駐車場の案内がありません。地区が守ってきた石塔なので、静かに見学し、田畑や私有地に入らないようにしてください。

庚申塔には何が刻まれていますか?

「庚申」の文字と、五穀豊穣や平穏無事の願いなどです。大師原のものには、青面金剛のほか、日輪・月輪、二羽の鶏と三匹の猿が刻まれています(日向市の文化財ウェブサイト)。

六地蔵供養塔と板碑のちがいは?

六地蔵供養塔は、笠の下に6体の地蔵を配した石幢です。板碑は、平たい板状の石に供養のしるしを刻んだ、中世に流行した供養塔です。

こんな人におすすめ

  • 石塔や石仏など、地域の石造物をめぐるのが好きな方
  • 戦国時代の島津氏・伊東氏の争いや、庚申信仰などの民間信仰に関心がある方
  • 東郷町山陰の文化財を、成願寺や山陰神社とあわせて巡りたい方

基本情報

老谷の六地蔵供養塔山陰丙1200番地1・所有者 日向市・天文12年(1543)
下村の六地蔵供養塔山陰辛499番地・鶴野内区・弘治3年(1557)
山内の庚申供養塔山陰辛992番地2・鶴野内区・7基(元禄6年〜天保3年)
大師原の庚申供養塔山陰庚928番地1・迫野内区・文政4年(1821)、隣に8基
深瀬の板碑山陰丁640番地乙・深瀬組合・慶長9年〜慶安3年(1604〜1650)
指定市指定文化財(有形文化財・美術工芸)。昭和53年(1978)1月19日指定。所在はすべて東郷町

※2026年10月時点の公式情報(上の各リンク)をもとにしています。現地の様子や立ち入れる範囲は、案内表示でご確認ください。

アクセス

各石塔への行き方は、公式の資料には書かれていません。山陰地区の目安を挙げます。

  • 山陰地区の目安:日向市観光協会によると、同じ東郷町山陰の福瀬神社は、日向市駅から車で約18分、日向ICから車で約16分です
  • 探し方:地図アプリで「深瀬の薬師堂」などと検索するか、地区の方に場所をたずねてください。集落の道は狭いので、車は路肩に気をつけて

地図

まとめ

山陰の石塔めぐりは、戦国の世を生きた人々や、暮らしの中の信仰を伝える静かな散歩です。地区の方が守ってきた文化財に敬意をもって、訪ねてみてくださいね♪

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日向市東郷町山陰・福瀬付近の空中写真(国土地理院)

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