日向市「幕末勤皇家海賀宮門外二士の墓」♪寺田屋事件の志士が眠る県指定史跡【見どころ・アクセス】

📖 読了目安: 約3分

幕末勤皇家海賀宮門外二士の墓
アイキャッチ画像: 国土地理院 シームレス空中写真を加工して作成

宮崎県日向市細島、干潮時だけ歩いて渡れる古島(小嶋磯)にある「幕末勤皇家海賀宮門外二士の墓」♪

寺田屋事件で命を落とした志士3名が眠る、宮崎県指定史跡です。

この記事のポイント

  • 寺田屋事件(1862年)で命を落とした志士3名が眠る
  • 昭和9年に指定された宮崎県指定史跡。散策は自由・駐車場は無料
  • 古島は干潮時だけ歩いて渡れる。潮見表の確認を
史跡の石碑と案内板のあるおだやかな丘のイメージイラスト
イメージイラスト(実際の景観とは異なります)

寺田屋事件で命を落とした志士たち

日向市観光協会によれば、文久2年(1862年)4月、京都・伏見の寺田屋で薩摩藩の有志とともに倒幕計画を企てていた黒田藩士海賀宮門直求ら、肥前の中村主計、但馬の千葉郁太郎の3名が捕えられ、薩摩へ護送される途中に殺害されました。

この事件が、世に言う「寺田屋事件」です。

遺体が漂着した古島「小嶋磯」に眠る

殺害された3名の遺体は、はるばる細島に漂着し、御鉾ヶ浦海水浴場から東へ1.5kmほどの小島「古島」(通称:小嶋磯)に埋葬されました。現在も宮崎県指定史跡として大切に守られ、散策は自由・駐車場も無料で利用できます。

幕末勤皇家海賀宮門外二士の墓(日向市細島・古島)周辺の空中写真
古島周辺の空中写真(出典:国土地理院 シームレス空中写真)

基本情報

名称幕末勤皇家海賀宮門外二士の墓
所在地宮崎県日向市細島(古島・通称小嶋磯)
指定宮崎県指定史跡
指定年月日昭和9年(1934年)4月17日
由来文久2年(1862年)寺田屋事件で殺害された志士3名の墓
アクセス日向市駅から車で約16分/日向ICから車で約14分
駐車場無料

※古島への渡り方など最新情報は日向市観光協会公式サイトでご確認ください。

地図

見どころ・楽しみ方

日向市の公式サイト「日向市文化財」によると、墓石の隣には、三人の遺体を見つけて手厚く葬った黒木庄八翁の石碑が並んでいます。

このほか、大正3年(1914年)には、明治時代に首相や陸軍大将などを務めた山県有朋(1838〜1922年)の揮毫による石碑も建てられました。

知っておきたい豆知識

同サイトによると、この墓は昭和9年(1934年)4月17日に宮崎県の史跡に指定されました。所在地は大字細島5番地先で、所有者は国有地とされています。

同サイトの解説によると、海賀宮門らは薩摩へ護送される途中、細島の「小嶋磯」(『正法寺年中日誌』の記述)で殺害されました。

遺体はいったん細島の観音寺に埋葬され、のちに三人の最期の地へ改葬されたと紹介されています。

なお、観光協会の案内では遺体が細島に漂着したと紹介されており、経緯の伝わり方は資料によって少し異なります。

よくある質問

いつ県の史跡に指定されましたか?

「日向市文化財」によると、昭和9年(1934年)4月17日です。

墓のそばにはほかにどんな石碑がありますか?

「日向市文化財」によると、墓石の隣に石碑が並んでいます。くわしくは上の「見どころ・楽しみ方」の節をご覧ください。

供養はいつ行われますか?

「日向市文化財」によると、毎年5月に供養が行われています。日取りについては、日向市観光協会へご確認ください。

こんな人におすすめ

  • 寺田屋事件など幕末の歴史に興味がある人に
  • 干潮時だけ渡れる古島への訪問を、潮見表を確認しながら楽しみたい人に
  • 細島地区に残る史跡を静かに巡りたい歴史好きな人に

まとめ

幕末勤皇家海賀宮門外二士の墓は、寺田屋事件という日本史の一幕を今に伝える、干潮時にしか渡れない古島の史跡。潮見表を確認してタイミングを合わせ、日向市に眠る幕末の志士たちに思いを馳せてみてください♪

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幕末勤皇家海賀宮門外二士の墓

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