門川町「永願寺」♪848年創建・山岳修験で栄えた古刹と奥ノ院【見どころ・アクセス】

📖 読了目安: 約4分

永願寺
アイキャッチ画像: 国土地理院 シームレス空中写真を加工して作成

宮崎県東臼杵郡門川町大字加草にある「永願寺」♪

平安時代848年創建と伝わる古刹で、かつては山岳修験の道場として最盛期には十二坊を数えた歴史を持ちます。

この記事のポイント

  • 848年創建と伝わる古刹。かつて山岳修験の道場で、最盛期は十二坊
  • 奥ノ院の薬師堂に、行基菩薩作と伝わる薬師如来と十二神将
  • JR門川駅から車で約5分
参道の先のお堂と、並ぶお地蔵さまのイメージイラスト
イメージイラスト(実際の景観とは異なります)

江田城主が招いた開山、大友軍の侵攻も阻止した歴史

門川町の由緒によれば、永願寺は848年、江田城主草野大膳弘利が能円了孝和尚を開山に招いて建立したと伝わります。

以来山岳修験の道場として繁栄し、最盛期には十二坊を数えました。

戦国時代の1578年、大友宗麟の軍が日向に攻め込んだ際には、永願寺の僧たちが兵の境内乱入を阻止したとも伝えられています。

奥ノ院には行基菩薩作の薬師如来

明治時代の神仏分離・修験道禁止で一時後退し、もとは現在の門川ダム近くにありましたが、明治28年(1895年)に現在地へ移転しました。

旧地には奥ノ院として薬師堂が残り、行基菩薩作と伝わる薬師如来と十二神将が安置されています。

永願寺周辺(門川町加草)の空中写真
永願寺周辺の空中写真(出典:国土地理院 シームレス空中写真)

基本情報

名称永願寺・永願寺奥ノ院
所在地宮崎県東臼杵郡門川町大字加草
創建848年(平安時代)、江田城主草野大膳弘利が開基
由緒かつて山岳修験の道場、最盛期十二坊。1895年に現在地へ移転
奥ノ院旧地の薬師堂に行基菩薩作と伝わる薬師如来・十二神将を安置
アクセスJR門川駅から車で約5分

※最新情報は門川町公式ホームページでご確認ください。

動画で見る

動画:永願寺薬師如来像・日蓮聖人像・勝蓮寺天井画(門川町チャンネル/YouTube)

地図

見どころ・楽しみ方

門川町の広報誌「町報」平成19年(2007年)4月号(第542号)の特集記事によると、永願寺の奥ノ院がある場所は、明治28年に現在地へ移るまで永願寺があった中村地区の「受」です。

「受」には、当時の中村の人びとのたっての願いで薬師堂が残され、薬師如来像・日光菩薩・月光菩薩・十二神将などが祀られています。

町報には「町文化財指定・昭和59年6月29日」との注記もあります。

境内には、室町時代から江戸時代にかけての数多くの石塔が残り、かつての繁栄がしのばれると紹介されています。

お堂から本山までの道沿いにお大師さんがあり、八十八ヶ所めぐりになっていると町報は伝えています。

山の頂上には、明治10年に久保徳三郎氏が建立した宝篋印塔があります。

知っておきたい豆知識

同じ町報によると、永願寺は、江田城主だった草野家の庇護を受けた、大伽藍を有する大きな寺でした。

現在の永願寺の本寺は加草にあり、町報の発行当時(平成19年)は、九州七福神めぐり(大黒さん)の札所としてよく知られていると紹介されています。

よくある質問

奥ノ院の薬師堂は、どこにありますか?

門川町の町報(平成19年4月号)によると、中村地区の「受」にあります。くわしくは上の「見どころ・楽しみ方」をご覧ください。

永願寺は、七福神めぐりの札所ですか?

門川町の町報(平成19年4月号)では、発行当時は札所としてよく知られていると紹介されています。くわしくは上の「知っておきたい豆知識」をご覧ください。現在の巡拝の状況については、門川町観光協会(0982-57-4110)にご確認ください。

こんな人におすすめ

  • 848年創建と伝わる古刹の由緒にふれたい人に
  • 奥ノ院に安置された行基菩薩作と伝わる薬師如来を拝観したい人に
  • 山岳修験の歴史や戦国時代の逸話に興味がある人に

まとめ

永願寺は、山岳修験の歴史と戦国時代の逸話を今に伝える門川町の古刹。奥ノ院の薬師如来とあわせて、加草地区に残る静かな信仰の歴史をたどってみてください♪

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永願寺

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