宮崎県東臼杵郡諸塚村に伝わる「諸塚神楽(もろつかかぐら)」♪ 高千穂・椎葉と並ぶ宮崎県北の夜神楽のひとつでありながら、その姿は他に類のない200体を超える神楽面が残されているという、まったく異色の神楽です。
戸下(とした)・南川(みなみかわ)・桂(かつら)の3つの集落に伝わる神楽が、それぞれの集落の住民の手で今日まで守り伝えられてきました。
国の重要無形民俗文化財に指定されています(2026年(令和8年)1月23日に国の文化審議会が指定を答申。諸塚村観光協会の公式サイトでも「国指定重要無形民俗文化財」と表示されています)。
この記事のポイント
- 200体を超える神楽面と、省略しない「舞入れ」が見どころ
- 戸下・南川・桂の3集落に伝わる。戸下神楽の「山守」は日本でただひとつ
- 集落の神事です。厳冬期の屋外見学は防寒対策を万全に
200体を超える神楽面。「舞入れ」の壮観さは諸塚だけ
諸塚村公式サイトの解説によれば、諸塚神楽の最大の特徴は他に類のない200体を越す神楽面が残っていること。
神楽のはじめに行われる「舞入れ(まいいれ)」では、神社から御神屋(みこうや)まで神面を付けた神々が行列を組んで練り込み、居並んだ神面によって道神楽が舞われます。他の神楽では見られない、圧倒的に壮観な場面です。
これは修験道神楽のなごりとされ、高千穂神楽が記紀神話を前面に出した神道色の濃い「出雲流」であるのに対し、諸塚神楽は中世的な神仏混淆(しんぶつこんこう)の様相を色濃く残す点でも貴重だと評価されています。
原始神楽の原形をとどめる多くの面と、省略しない「舞入れ」——これこそが諸塚神楽が「同じ高千穂地方の中でも異色」と言われる理由です。
戸下神楽 ― 日本でただひとつ残る演目「山守」
戸下神楽は、諸塚村荒谷(あらだに)地区にある戸下集落で継承されている神楽です。集落の鎮守である白鳥神社の例大祭に合わせて奉納され、公民館に屋外へ張り出す形で御神屋(みこうや)が建てられ、真冬の寒さの中を昼から翌朝まで舞が続きます。
戸下神楽の番数は次のとおりです。
- 毎年奉納されるのは「普通神楽」三十三番
- 集落の大願成就の年などに行われる「大神楽」では、三十三番がさらに細かく分かれた五十番に、大神楽でしか舞われない「山守(やまもり)」を加えた神楽五十一番という大がかりなものになります
この「山守」は日本でただひとつ、戸下神楽にしか残っていない貴重な番付。かずらを巻いて本当に山から下りてくる山の神に、「神楽を舞わせてほしい」と神主が説得を試みる、長い問答の物語です。
山の神はなかなか納得せず、次の番に移るまで長い問答が続く重要な演目で(文化庁の答申資料では、山守役と神主役の問答は約1時間に及ぶ大曲と説明されています)、これを観るために全国から観客とカメラマンが集まります。
平成27年(2015)には戸下神楽保存会が言い句・禰宜歌(ねぎうた)・唱経(しょうぎょう)を記した本を発行し、伝承に努めています。
南川神楽 ― 観客も一緒に囃し立てる「荒神問答」
南川神楽(南川夜神楽)は、南川地区の5つの集落が持ち回りで毎年実施している神楽です。民家やセンターの庭に神高屋が設けられ、その年の受け持ち集落の神社に奉納する形で夜通し舞われます。
南川神楽の特徴は荒神(こうじん)。昔からの地神様で「七荒神八稲荷」といわれます。中でも「三宝荒神」の番付では、三柱の荒神様がそれぞれ神主と問答をします。
神主が「無断で神楽を始めてしまった」ことを詫びながら説得するのに対し、荒神様は怒りを露わにして抵抗し、周囲の観客もそれに賛同して囃し立てる——見どころの多い夜神楽の中でも特に人気の高い番付です。
戸下と南川は同流派とされ、互いの神楽に舞手が顔を出し合います。諸塚の方言でこれを「かてゃりもどし」(かてゃり=混ぜる、交ざる)と呼び、「うちのお祭りに来てもらったから、お返しにそちらへ遊びに来ました」という助け合いの気持ちが、そのまま伝統行事になっています。
桂神楽 ― ゆっくりとしたリズムの勇壮な舞
桂神楽は、立岩地区の桂集落にある桂正八幡神社に奉納されてきた神楽です。この神社は南北朝時代に関東の「かつらぎの国」から勧請されたと伝えられています。
江戸末期に神官宅の火災で記録が失われたため不明な点が多いのですが、諸塚に残る他の二つの神楽とは趣を異にし、椎葉村や高千穂町の神楽と同じ系統といわれます。
特徴はゆっくりとしたリズムの勇壮な舞。遷宮や集落の大事、お日待ちの願成就などで奉納される大神楽のみが夜神楽となり、通常は春秋の例大祭で昼神楽として三番のみが奉納されます(諸塚村観光協会)。主な機会は次のとおりです。
- 諸塚神社春祭り(4月第4土曜)
- 秋祭り(10月第4土曜)
- 桂正八幡神社霜月祭り(11月第2土曜)
見学される方へのお願い ― 神楽は見世物ではありません
諸塚村観光協会は、見学を希望する方へ次のように呼びかけています。「諸塚の神楽は、各集落の住民の献身的な努力の上に今日まで伝承されている神事です。観光客の為の見世物・イベントではありません。神事に参加させてもらうという気持ちでご参拝ください」。以下の点は必ず押さえておきましょう。
- 会場は集会所や一般の民家です。「神楽宿」と呼ばれますが宿泊施設ではなく、徒歩圏内に宿泊施設はありません(村内の宿は観光協会へ)
- 神楽の夜には、来客を接待するための「脇宿(わきやど)」が開かれることもあります(諸塚村観光協会の案内より)
- 舞台は庭に張り出してつくられる御神屋(みこうや)。見学は基本的に屋外で、厳冬期の開催のため防寒対策は万全に。屋外では焚き火で暖をとるので、火の粉をかぶっても気にならないアウターが安心です
- 会場までの公共交通はありません。自家用車かタクシーでの移動となり、現地に広い駐車場はありません。地元消防団などの誘導があれば指示に従ってください
- 地元では神事へのお供えとして焼酎2〜3升程度、またはそれに相当するお金を持参する習わしです。のし書きは「御神前」「御初穂」が一般的で、地元の酒屋・商店で準備できます

基本情報
| 名称 | 諸塚神楽(もろつかかぐら) |
|---|---|
| 伝承地 | 宮崎県東臼杵郡諸塚村(戸下・南川・桂の各集落) |
| 指定 | 宮崎県重要無形民俗文化財(平成3年11月1日指定)/国「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」に選択(平成5年11月26日)/2026年1月23日に国の文化審議会が答申し、国の重要無形民俗文化財に指定(諸塚村観光協会の公式サイトでは「国指定重要無形民俗文化財」と表示。正式な告示日は文化庁・官報では未確認) |
| 保護団体 | 諸塚神楽保存会 |
| 伝承地区(流派) | 戸下神楽・南川神楽(同流派とされる)/桂神楽 |
| おおよその時期 | 戸下神楽:例年1月最終土曜日(「山守」は大神楽(不定期)でのみ舞われます)/南川神楽:例年2月第1土曜日/桂神楽:春秋の例大祭(昼神楽)、大神楽は不定期 ※年により変更あり |
| 特徴 | 200体を超える神楽面/省略しない「舞入れ」/戸下神楽の「山守」(日本唯一。大神楽でのみ舞われ、不定期)/南川神楽の「三宝荒神」荒神問答/来客を接待するための「脇宿(わきやど)」 |
| お問い合わせ | 諸塚村観光協会(しいたけの館21内) 0982-65-0178/諸塚村教育委員会きょういく課 0982-65-0072 |
| 関連書籍 | 『諸塚神楽と人々の暮らし 百彩の森から』(文:高見乾司、写真:狩集武志、鉱脈社刊) |
※開催日程・会場は年によって変わります。集落の事情で演目数を減らしたり屋内奉納になる年もあるため、お出かけ前に必ずもろつかナビ(諸塚村観光協会公式サイト)または観光協会(0982-65-0178)で最新情報をご確認ください。
アクセス
- 神楽会場:年ごとに変わります。事前に諸塚村観光協会(0982-65-0178)へご確認ください
- 情報の拠点:エコミュージアムもろつか「しいたけの館21」(宮崎県東臼杵郡諸塚村大字家代3068)/営業時間10:00〜17:00、水曜定休
- 車:日向市方面からは国道327号で諸塚村へ。会場までの道に不安がある場合は事前に観光協会へご相談ください
- 公共交通:会場までのバス等はありません。自家用車またはタクシーでの移動となります
地図
下の地図は、諸塚神楽の情報拠点である諸塚村観光協会「しいたけの館21」の位置です。
諸塚村・宮崎県北のおすすめスポット
- 諸塚村「諸塚山・諸塚神社(元宮)」♪28柱の神々を祀る霊山と祖母山・阿蘇を望むパノラマ
- 諸塚村「吉野宮神社」♪目の神様『座頭神』を祀る由緒ある神社
- 諸塚村「倉の平展望台」♪FSC森林認証のモザイク林を山の上から一望できる絶景スポット
- 諸塚村「塚原ダム」♪昭和13年完成・国登録有形文化財の近代化産業遺産
- 諸塚村「諸塚神社(現社殿)」♪明治43年に山頂から移転・27柱を祀る古社【見どころ・アクセス】
開催時期や見頃の目安は、年中行事・イベントカレンダーでも確認できます。
動画で見る
見どころ・楽しみ方
文化庁が2026年(令和8年)1月23日に公表した文化審議会の答申資料は、諸塚神楽を南川神楽・戸下神楽・桂神楽の総称と位置づけ、指定の趣旨として次のような点を挙げています。
- 神楽宿に御神屋(御高屋とも)を設けて夜神楽を演じ、願成就の折にはさらに大規模な大神楽を執り行うこと
- 他に類例のない「山守」や、特色ある荒神問答などの演目を持ち、中世的な神仏混淆の様相を色濃く留めていること
- 登場する神の本地(由来・由縁)を唱える「ネギ」(禰宜、禰宜歌)や唱教の伝承が豊富なこと
- 「舞入れ」を省略なく行い、来客を接待するための脇宿を備えていること
同資料では、舞の流れについて、先払いの箒持ちを先頭に神々が行列して御神屋へ舞い込む「舞入れ」のあと、神迎えの神事を経て舞の奉納になると説明されています。
面を着けない直面(ひためん)の採物舞や神々が登場する舞のほか、「御神屋ほめ」のように舞を伴わず、太鼓打ちが御神屋をほめたたえる唱教だけを唱える演目もあります。ほぼすべての演目に神歌や唱教が入り、神を勧請するときには神の本地を唱えるネギを伴うと記されています。
季節ごとの楽しみ方

文化庁の答申資料によると、神楽ごとの時期は次のとおりです。
- 南川神楽・戸下神楽:毎年1月末から2月初旬に夜神楽を行う
- 桂神楽:例年、集落内の各神社の祭礼で神楽三番を奉納する
3つの神楽とも、神社拝殿の修復完成といった慶事があったときには、願成就の大神楽として数十演目を演じる大がかりな神楽になると説明されています。
知っておきたい豆知識
文化庁の資料によると、この答申で重要無形民俗文化財に新たに指定されることになった5件のうち、2件が宮崎県の神楽でした(高鍋神楽と諸塚神楽)。
同資料には、官報告示のあとの重要無形民俗文化財が全国で342件になる予定とも記されています。また、国の指定にあたっての保護団体は、同資料では「諸塚村神楽保存会」となっています。
農林水産省のサイトで公開されている世界農業遺産保全計画(第3期)は、高千穂郷・椎葉山地域(高千穂町・日之影町・五ヶ瀬町・諸塚村・椎葉村)に受け継がれてきた神楽・臼太鼓・荒踊・歌舞伎・民謡などを、地域の農林業と深く結び付き、精神文化やコミュニティの結束を象徴する存在と位置づけています。
同計画は、こうした活動団体の数を令和5年時点で130団体としています。
よくある質問
諸塚神楽は、国のどの段階の文化財なのですか?
文化庁の資料では、2026年(令和8年)1月23日に文化審議会が重要無形民俗文化財への指定を答申したと公表されています。指定は官報告示を経て行われます。正式な指定(告示)の日付は、文化庁の国指定文化財等データベースなどでご確認ください。
「山守」とはどんな演目ですか?
文化庁の答申資料では、戸下神楽が大神楽で最初に行う演目で、異装の山守が神主役と約1時間にわたって問答を展開する大曲と説明されています。「夜中の荒神」「荒神の言句」などの荒神と神主役の問答にも、仏教的な要素がみられると、同資料に記されています。
見学できる時期はいつごろですか?
文化庁の答申資料によると、公開日は「毎年1月末〜2月初旬ほか」です。くわしくは上の「季節ごとの楽しみ方」の節をご覧ください。開催日や会場は年によって変わるため、お出かけ前に諸塚村観光協会で最新情報をご確認ください。
こんな人におすすめ
- 伝統的な夜神楽・民俗芸能をじっくり鑑賞したい方
- 厳冬期の屋外での長時間鑑賞に備えられる方(防寒対策必須)
- 「集落の神事」という趣旨を尊重し、静かに参拝できる方
- 高千穂・椎葉の神楽と比べながら宮崎県北の神楽文化を深く知りたい方
まとめ
諸塚神楽は、200体を超える神楽面と省略しない「舞入れ」、日本でただひとつ残る「山守」(大神楽でのみ舞われ、見られる機会は限られます)、観客も一緒に沸き立つ「荒神問答」——高千穂・椎葉とはひと味違う、山の暮らしに根ざした神楽です。
2026年には国の重要無形民俗文化財に指定され、その価値があらためて全国に知られることになりました。厳冬の夜、焚き火の匂いと囃子の中で神と人がともに舞い遊ぶ一夜は、きっと忘れられない体験になります。
あくまで集落の神事であることを心に留めて、静かな気持ちでご参拝くださいね♪


